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音楽劇「詩人の恋」 [演劇]

今回は「詩人の恋」といっても、シューマンの歌曲集そのものではなく、12月10日にNHK教育で放送された加藤健一事務所の公演の方です。音楽劇「詩人の恋」は初演時に多数の演劇賞を受賞した作品で、今回3年ぶりに待望の再演となったものを収録したようです。評判に違わず面白い芝居で、2時間があっという間に過ぎていきました。

あらすじ:1986年のウィーン。既に落ち目の声楽教師ヨゼフ・マシュカン教授の元に、元神童ピアニストのアメリカ人スティーブン・ホフマンがやって来る。彼はソロ・ピアニストとしてスランプに陥っているため歌曲のピアノ伴奏者へ転向しようとしているが、師事しようと考えている教授からピアノではなく歌を指導するマシュカン教授を紹介されたのだ。ピアニストが歌う必要はない、とレッスンに身の入らないスティーブンだが、しぶしぶシューマンの「詩人の恋」を課題にマシュカン教授のレッスンを受けることにする。レッスンが進むにつれて、直情型でやる気の無い生徒とちょっとお間抜けでマイペースな教授の間には奇妙な信頼関係が築かれていくが…。

最初にシューマンの「詩人の恋」ではないと書きましたが、勿論この歌曲集が音楽劇の中で非常に重要な役割を果たします。全曲ではありませんが、レッスンで俳優達も実際に歌います(マシュカン教授役の加藤健一はこの役のために初演以来3年間声楽レッスンを続けていたそうです)。ドイツ語の発音はプロの歌手と比べてはいけませんが、きちんと歌いながらレッスンをしている場面は説得力があって緊張感も途切れません。ストーリーと歌詞との関係も考え抜かれていて、とにかく「詩人の恋」の歌詞がこんなに深~い内容に感じられたのは初めてでした(^_^;)。

ジョン・マランスによる脚本は、ユダヤ人問題を取り上げていてかなり重たいものですが、今回は加藤健一のいつものひょうひょうとした面白さとシリアスさが絶妙なバランスを保っていました。例えば、観光地化されたダッハウ強制収容所に対するスティーブンの過剰なほどの拒絶反応をなだめようとするマシュカン教授の言動は、シリアスな場面なのに笑わずにはいられません。

この作品はアメリカ人のマランス自身がウィーンで音楽の勉強をしていた時のことを参考に書いているそうですが、おそらく実体験が存分に生かされているアメリカとヨーロッパ(ウィーン)の文化的・社会的な趣向や仕組みの違いがよく出ている会話がたっぷりと楽しめる作品です。それからもうひとつ好印象だったのは、ユダヤ人問題を取り上げているといっても説教臭くない所です。登場人物2人の自然な会話の中でユダヤ人をネタにしたジョークやネオナチの政治家などの軽めの話題から積み重なっていってクライマックスへ持っていくという展開で、しかも2人の意見が180度違ったり、妙に意気投合したりして目が離せないのです。観客もその発言や物事について自然にあれこれ考えてしまうような展開で、直接的に差別や迫害について主張するものよりも深く、真剣に考えさせられました。

それから、2人だけの登場人物の書き分けも素晴らしいです。行き当たりばったりなくせに早とちりで、あいまいなことを許せないスティーブンは思わず苦笑してしまうくらい典型的アメリカ思考の人物。それとは反対に、のんびりマイペースで肩肘張らず、何事にも余裕を持って対応できるマシュカン教授は見事にヨーロッパ的な思考の持ち主。偽善や差別を許せずに周囲をはばからず過激な意見をわめき散らすアメリカ人の若者と、深い哀しみと傷を持ちつつもそれを隠して他人を傷つけたり自分が傷つくことを避けるウィーンの老人。劇が進むにつれて2人には大きな共通点があることが分かってくるのですが、まあこれはばらすと面白くないので黙っておきましょう。

特に期待をせずに見ましたが、シューマンの「詩人の恋」との絡みも上手いし、笑いとシリアスさのバランスも良いし、久しぶりに映像で大満足できる作品でした。DVD化されるのかな?されるといいなぁ。


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