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オペラ「ペレアスとメリザンド」②:歌手編 [オペラ(実演)]

①では作品自体について語ってみたので、今回は歌手について書いてみようと思います。基本的には去年のザルツブルク・イースター音楽祭の時の公演とあまり変わっていません。ゴローだけはザルツブルクでも元々予定されていたジェラルド・フィンリーが歌いました。

メリザンド:アンゲリカ・キルヒシュラーガー
ペレアス:サイモン・キーンリーサイド
ゴロー:ジェラルド・フィンリー
アルケル:ロバート・ロイド
ジュヌヴィエーヴ:キャサリン・ウィン=ロジャース
イニョルド:ジョージ・ロングワース/トム・ノリントン
医者/羊飼い:ロバート・グリアドウ

ちなみに、主要な3人の見た目はこんな感じ↓。

指輪を手の甲にのせて遊ぶメリザンド、メリザンドに手を出すなといわれてムカついている(嘘)ペレアス、説教中のゴロー

まず、音だけだと強いメリザンドだな~という印象だったキルヒシュラーガーですが、実際に聞くと、彼女なりに考え抜かれた歌唱で新鮮な部分も多く、裸足に真っ赤なドレスという姿と合わせて新しいメリザンド像を見せてくれました。間違っても可憐な声とは言えませんが、それまでは影を感じさせながらもどちらかと言うと能動的だった彼女の声が、最後の幕で死の床についてから半分異世界に行ってしまったかのような響きに変わったのがとても印象的でした。CDや映像ではズボン役で目にすることが多く、見た目も正統的なメリザンドのイメージではないですが(この点で初演のMary Gardenはイメージぴったり)、無理にイメージを合わせることはせず、彼女にしか出来ないメリザンドにしていたのは大成功だったと思います。強くて生き生きとしているメリザンドで何が悪い!って感じですね。この公演では、そんな元気なメリザンドが最後あそこまで弱々しくなってしまうというのも衝撃的でした。

この公演でペレアスを卒業すると言っているキーンリーサイドは、正に渾身の歌唱と演技で楽しませてくれました。メリザンドを「盲目の泉」につれてきた時の秘密基地を案内しているかのように興奮した様子や、有名な髪の毛のシーンでの「もう離さないもんね~!」というような身振りや、渕を覗いた後地上へ戻ってきてゴローに「あー生き返る!あ、あそこにママとメリザンドが見えるよ」と無邪気に語りかけるところなど、色んな意味でガキ度満点です。あまりに自己中心的で思慮の無い言動ばかりで見ているこちらがハラハラしっぱなし(^^)その「ガキ」が、男としてのメリザンドへの愛情を自覚するに従って精神的に成長していく過程が目でも耳でも確認できて、改めて感心してしまいました。温室育ちのペレアスにはもっと優しくてなよっちい感じが欲しい気もしますが、これだけ深く掘り下げられたペレアスはなかなか聞けるものではないでしょう。毎回演技が違う歌手の面目躍如で、見るたびに新しい要素を付け加えつづけて楽しませてくれました。最終日は本人も後悔の無い出来だったのではないでしょうか?本人は「これからはゴローが歌いたい」と言っているので、ペレアスよりも心理描写が多彩なゴロー役をどういう風に歌うのか楽しみに待ちたいと思います。

 そしてゴロー役のフィンリーですが、落ち着きの無いペレアスとはじけているメリザンドをしっかりと支える安定した歌唱を聞かせてくれました。流石は「いつでも合格のフィンリー」です。まあ、2度目以降はその安定感が仇となって物足りなくなってしまうのですが、彼がしっかりしているからこそ周りが生きるというか、遊べるというか。特に毎回あれこれと演技を変えたくなる主役2人に対しては、何でもやってみな、俺がしっかりフォローしてやるぜ!と言わんばかりの立派な兄貴ぶりでした。見た目はペレアスとそんなに年齢差が無いのですが(実際歌手たちは同年代)、精神的な落ち着き具合と優しいけれども厳格で容赦の無い役作りで年齢差を出していました。はっきり言ってゴローが主役ともいえるこのオペラ、難しい場面ばかりの役をフィンリーで聞けてよかったです。

他の歌手陣では、イニョルドを歌った2人のボーイ・ソプラノがどちらも甲乙つけがたい素晴らしい出来で大満足!嬉しい事にどちらも2度ずつ聞けたのですが、前半担当のロングワース君はそこらの役者なんて目じゃないくらい演技が上手い!声は細めで美しく、少年の危うさがあります。アーチェリーでもやっているのか、弓矢をつがえる姿もバッチリ決まってました。後半のノリントン君は、伸びのある安定した声をしていました。ラジオ放送されたのも彼の方です。イニョルドにしてはちょっと身長が高すぎるように思いましたが、演技力もあり、低音から高音までしっかりと歌いきっていました。ちなみに、指揮者ロジャー・ノリントンの息子だそうです。似なくて良かったね(笑)それからロイド、ウィン=ロジャースらベテランが脇を固め、私の贔屓のグリアドウも小さい役をきっちりこなしてくれて満足のいく公演でした。

さて、次は演出についてですが、かなり長くなりそうなので今回はロンドン名物、劇場批評の見出しの数々をツッコミを入れつつ紹介しておいて、私の感想は③にまわしたいと思います。ラトルが指揮すると大量ですねぇ。

The Times: If you see Pelleas et Melisande only once, see this production(★★★★★)
(もし「ペレアスとメリザンド」を一度しか見ないのなら、この公演を見ろ)←うわ、全てべた褒めの最高評価!でも、そこまでよかったかなぁ?
The Guardian: Rattle plays his part fully(★★★★)
(ラトルは完璧に役割を果たした) ←大体賛成だけど、私はキルヒーメリザンドOKです
The Independent: Best enjoyed eyes shut(★★★)
(目を閉じて聞くのが一番)←「兄弟の差が少なすぎる」っていうのは劇としては深読みできて面白いんですけどね
Daily Telegraph: A masterpiece stripped of complexity
(複雑さを取り去られた傑作)←主役カップルが年取りすぎって、そんなことは見る前から分かってることでしょう(^^)とにかく演出も歌手もコテンパン
Evening Standard: Passion Boxed In(★★★)
(箱詰めにされた情熱)←はは、上手いタイトルですね。演出と衣装は相当気に入らなかったようで…

Musical Criticism: The more existential elements of the score was a wonder to behold(★★★☆)
(より存在感のある音楽的要素が注目に値した)←バランスの取れた良い批評だと思います。やっぱり音楽の方が印象的でしたか
Seen and Heard: Close your eyes and listen: It comes through as music
(目を閉じて聴きなさい:それは音としてやってくる)←一応演出も評価していますが、やっぱり良かったのは音楽のほうなんですね
Music OMH: Stanislas Nordey's production managed to sap the lifeblood out of this wonderful work(★★)
(スタニスラス・ノルデの演出はこの素晴らしい作品から生命感を取り去ることに成功した)←あらら、良かったのはラトルの指揮だけですか、そうですか
The Stage: A muted interpretation of the symbolist masterpiece
(象徴主義の傑作の主張の無い演出)←ここまで演出ばかり叩かれてるとちょっとかわいそうになってきます
Bloomberg.com:Seductive Melisande Triumphs on Bare Stage at Royal Opera
(妖艶なメリザンドはロイヤル・オペラの裸舞台で勝利を収めた)←「恋に落ちたシェイクスピア」+「テレタビーズ」状態の衣装以外は気に入ったとか。上手い例えだな~


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alice

私の英語力では拾い読みですが、こんなに多くの批評が読めるなんて!
ありがとうございます。

too sophisticated(The Guardean) ・・・そうは感じなかったです。確かに赤いドレスは女らしくて綺麗でしたが・・・。

>強くて生き生きとしているメリザンドで何が悪い!って感じですね。この公演では、そんな元気なメリザンドが最後あそこまで弱々しくなってしまうというのも衝撃的でした。

Sardanapalusのメリザンド観に同感です。初演から100年以上経って、初めのイメージのメリザンド(幻想的な水の精のような)に、新しい命を吹き込まれたメリザンド。女性のほうが受け入れられやすいのかも。

ご存知でしょうが、初演100年記念の公演がパリのコミック座で2002年4月30日、ミンコウスキの指揮でありました。それを知ったのは公演が終わった後、しばらく経ってから・・・それが、フランスで観たいといった理由のひとつです。指揮はもちろん!ミンコ、歌手陣はおまかせ・・・危ないかな?
by alice (2007-06-15 14:12) 

alice

Sardanapalusさん

ごめんなさい。↑で呼び捨てにしてしまって・・・。この頃、誤字、脱字だらけ。
by alice (2007-06-15 21:22) 

Sardanapalus

aliceさん>
呼び捨てのこと、気にしないでください。実は指摘されるまで気付いていませんでした。

>こんなに多くの批評が読めるなんて
イギリスの新聞には必ず大きな批評コーナーがあって、音楽、舞台、映画、本などなど、毎日すごい量の批評が読めるのです。更にネット上には様々な批評サイトがいくつもありますし…この公演は久しぶりにラトルがROHで指揮したので、いつも以上に注目度が高かったんですよ。

>新しい命を吹き込まれたメリザンド
勿論、不思議ちゃんで受身のメリザンド像が固まっている人にはちょっと受け入れ辛い性格づけだったかもしれません。

>指揮はもちろん!ミンコ、歌手陣はおまかせ
ミンコフスキならば歌手も揃えてくることでしょう!今度の夢はちょっと実現に時間がかかりそうですね~。それはそれで楽しみですが。
by Sardanapalus (2007-06-16 01:05) 

azalea

> 色んな意味でガキ度満点
爆笑。(^o^)
初めてキーンリーサイドを聴いた友人が、「バカっぽいところは本当にバカっぽいですね」と言ってくれて、なんて失礼なと思ったんですが。あ、でも彼女は、4幕で感動して泣きそうになったと後でフォローしてくれました(笑)。
ガキっぽいだけに、感情が爆発する場面では思いっきり声と演技にそれが表れていて、しびれました。と自分でもフォロー(笑)。

キルヒシュラーガーに私は全然違和感がありませんでした。他の人を聞いたことがないからかもしれませんが。彼女のメリザンドは素晴らしかったですが、違うメリザンドも聴いてみたいです(・・・CDはあるんですが聴いてない)。

フィンリーはこれまで聴いた中で一番よかったと思います。相変わらず怒ると超怖いですけど(笑)。愛想もよくていい人ですよね(笑)。
キーンリーサイドがゴローを歌うときに、きっとフィンリーを思い出すでしょう。

しかし、こんなに批評が出ていましたか。さすがイギリス人、ラトルが出ると・・・。把握しているSardanapalusさんもスゴイですけど。

では演出編も楽しみに待っています♪
by azalea (2007-06-17 04:44) 

Sardanapalus

azaleaさん>
最近忙しくて更新がなかなか出来なくてごめんなさい。

>「バカっぽいところは本当にバカっぽいですね」
ここでは褒め言葉として受け取りましょう(笑)確かに3幕までのペレアスの言動は思慮が無さすぎですからねー。でも、そこを強調することで精神的に成長した後の4幕での悲劇性が増したと思います。と、私もフォロー(^^)

>フィンリーはこれまで聴いた中で一番よかったと思います
私も同感です。確かに実際のいい人ぶりからは想像できないくらい怒ると怖いですが、ゴローに同情したくなる見事な歌唱と演技だったと思います。
by Sardanapalus (2007-06-18 00:50) 

azalea

待っているのも楽しいですので、無理しないでくださいね。

記事と関係ないですが、ROHのドン・ジョバンニ初日にネトレプコに振られたリベンジに、今日もう一度みてきました。ネトレプコいいですねぇ。声もいいですが、演技がいい。表情も仕草も細かい。ドン・オッターヴィオは一生結婚してもらえなさそうです。地獄落ちの後の合唱で、なぜか一番にこやかに晴れやかに笑っている。かなりコワイですよ、これは。
キーンリーサイドはどういうドン・ジョバンニだったのか、音源・映像を思い出しながら考えていました。シュロットはストレートな陽気な女好き&ナルシストで、キーンリーサイドはクールな(というか冷たい?)仕事師、という印象です。演技での遊びの入れ方も、全然違うのだろうと想像します。どちらも面白いですね。

もうひとつ関係ないですが、テンペストが23日にBBCで放送されますね。ロンドン時間の18時30分~20時45分です。
http://www.bbc.co.uk/radio3/operaon3/pip/3z16o/
by azalea (2007-06-18 05:37) 

Sardanapalus

azaleaさん>
テンペストの告知ありがとうございました!すっかり忘れていたので記事にしておきました。

>ROHのドン・ジョバンニ
とにかくネトレプコが歌う回を見られてよかったですね~。それにしても
>ドン・オッターヴィオは一生結婚してもらえなさそう
これには大笑いです(^^)確かに、ネトレプコのアンナはオッターヴィオとはつりあわなそうですけど。

>シュロットはストレートな陽気な女好き&ナルシスト
シュロットのジョヴァンニはラジオで聞いただけですが、なるほど太陽のようなジョヴァンニなのですね。彼のジョヴァンニもいつかは生で見てみたいと思います。
by Sardanapalus (2007-06-19 00:12) 

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