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オペラ「トーリードのイフィジェニー」@ROH(2) [オペラ(実演)]

セットがほぼ皆無だった今回の公演ですが、歌手は声だけでなく、しっかり演技することを要求されていました。このオペラで見せ場があるのは、主人公イフィジェニー、その生き別れの弟オレステ、彼の親友ピラド、それから暴君トアス王の4人ですが、今回はトアス王以外はレベルの高い歌手がそろっていたと思います。

長髪の巫女集団のリーダー、イフィジェニーを歌うのはスーザン・グラハム(Susan Graham)。身長も高いので、周りの巫女達を率いるリーダーとしての風格もばっちりです。ダイアナの巫女というにはちょっとおばさん(失礼!)ですが、そんなこと言い出したらオレステもピラドもおっさんなので…(^_^;)彼女はちょっとハスキーな声なので、長年の軟禁生活にも耐えて、かすかな救出への望みを持ち続けるしっかり者のイフィジェニー像に感じました。特に印象的だったのは、オレステが死んだと思い込んで「これで私がここを抜け出す最後の希望が絶たれてしまった」と絶望するアリアで、それまで残っていた壁の名前を自分で消し去る動きと音楽とが見事に重なり合っていたこと。(1)の方で解説したとおりイフィジェニーの名前を消した=死んだということで、見た目にも分かり易くて引き込まれましたし、感動的でした。
     

彼女の生き別れの弟オレステ役サイモン・キーンリーサイド(Simon Keenlyside)は、インタビューで「この演出は動きの自由度が大きくて気に入ったよ」なんて言ってた通り縦横無尽に良く動く!(え、いつものこと?)床にチョークで四角く描かれた牢獄の中をピラドと追いかけっこしながら、無二の親友まで自分の運命に巻き込んでしまう気まぐれな神々への怒りをぶちまけたり、ピラドに「泣かないでくれ、君の身代わりで死ねるなら本望だ」(ん?どこかで聞いた台詞^^)と言われて慌てて顔をごしごし拭いて壁のそばで「そんなの聞こえないぞ!」とぎゅーっと丸まってしまったり、ちょっと神経衰弱気味のオレステ役を楽しんでいたようです。特に、ピラドと引き離されて一人きりになった後の「静かだ…これで眠れる」と横たわる場面と、直後の血まみれの母親に呪いの言葉と共に追い回される幻覚を見て逃げ回る場面は緊張感たっぷりでした。ちなみに、話題の「壁歩き」はこの場面で見られます。音楽的にもここは盛り上がり、おどろおどろしい合唱とオレステの悲鳴が響き渡って背筋が寒くなりました。黒い舞台に赤い照明があたると、そこはまるでお化け屋敷(^_^;)その中を自分が殺した母の亡霊達に担がれ、縋られ、追いかけられれば誰でも逃げ惑いますね。ギリシヤから逃げてくる間ずーっと幻覚と現実(殺人、難破、捕縛、監禁)に悩まされ続けて、ようやく眠れるかと思ったらまた幻覚に悩まされるとは、どんなに強靭な人でもおかしくなると思います。この場面は、冒頭の嵐の場面と同じくらい音楽と振付がぴったりで、何度でも見たいな~と思わされました。

それから、「モナミ~」を連発、オレステ一直線(違?)な友人ピラド役はポール・グローヴス(Paul Groves)でした(去年のザルツブルク音楽祭「魔笛」のタミーノ)。キーンリーサイドより一回り大きいがっしり体系ですが、黒シャツに黒いズボンでまるで双子のような友人同士で、2人のうち1人を生贄に選ぶ場面でイフィジェニーが迷うのも納得できます。声もタミーノの時より断然好印象でした。オレステを思いやる優しい声から意を決したパンチの効いた声まで綺麗に出て、音楽的に大満足でした。この役は得意にしているようですし、この3歌劇場共同演出の全ての公演に出ているということで、ピラドの性格がよく練れていたと思います。それでも演技はちょっとぎこちない部分もあったけれど、テノールの中では合格点でしょう(^^)

一人残念だったのはトアス王のクライヴ・ベイリー(Clive Bayley)。演技力はありますし、体形にも文句はありません。しかし、曇った声でがなるように歌えば暴君の理不尽さが出るかというと、そんな訳がない!他のプリンシパル歌手とレベルの差が歴然で、一人でアップアップしていたように聞こえました。かなりのお年だそうですが、どうせならヤング・アーティストの中から歌わせてあげればいいのに~。ところで、彼は初日と2日目の間にジムで怪我をして、私の見た公演では片腕の無いトアス王でした。カーテンコールで隣になったキーンリーサイドは、腕の通ってないコートの袖をバシバシはたいていて楽しそうに遊んでたり(^^)
     
他の歌手達もアンサンブルが揃っていて、オペラ自体を音楽的に楽しませてくれたと思います。合唱はオケピットの奥に詰め込まれていましたが、動かないで済んだお陰で丁寧で良く揃った歌唱を聞かせてくれました。いつもROHコーラスのレベルは高いと思っていますが、今回は特別に好印象です♪ずっと黒かった舞台も、大団円のフィナーレでは壁全体が持ち上がって(ようやく!)白い光が辺りを包みます。これにて一件落着!という華やかな雰囲気の音楽の中、光の中に横たわる無数の死体とその場にたたずむイフィジェニーの姿は、色々と深読みできて私好みの終わり方でした。


ロイヤル・オペラハウス(Royal Opera House, Covent Garden)
グルック「トーリードのイフィジェニー(Iphigenie en Tauride)」
演出:ロバート・カーセン(Robert Carsen)

Iphigenie: スーザン・グラハム(Susan Graham)
Oreste: サイモン・キーンリーサイド(Simon Keenlyside)
Pylade: ポール・グローヴス(Paul Groves)
Thoas: クライヴ・ベイリー(Clive Bayley)

指揮: アイヴォー・ボルトン(Ivor Bolton)
The Royal Opera Chorus
The Orchestra of the Age of Enlightenment


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コメント 2

euridice

お芝居としておもしろくないと、つまらないオペラでしょうけど、
おもしろそうですねぇ^^;¥

>神経衰弱気味のオレステ
若いころ、ギリシャ悲劇の戯曲で知って、惚れました・・^^;;
フィクションや歴史上の人物の中で、私のアイドルだったひとりです。
映画や演劇のテレビ放送、最近はオペラでも、視覚的にも納得のオレステスを
求め続けましたけど、出会えませんでした・・
キーンリーサイド演じるところのオレステ、興味津々です。
by euridice (2007-10-14 09:44) 

Sardanapalus

euridiceさん>
>お芝居としておもしろくないと
そうなんですよ。今回の演出は、そのままエウリピデスの戯曲と役者で上演してもいけるんじゃないかと思いました。

>>神経衰弱気味のオレステ
>若いころ、ギリシャ悲劇の戯曲で知って、惚れました・・^^;;
私もオレステス大好きです!ギリシャ神話の登場人物の中では行動に矛盾が無いし、強くて頭も良いし。それに苦悩する王子って、ただでさえ魅力的ですしね☆

>視覚的にも納得のオレステス
うーん、うーん、難しいですねぇ。やっぱり理想が高いと…(^^)私が映像・劇場で見た中では、尾上菊之助のオレステス像が一番気に入ってます。

>キーンリーサイド演じるところのオレステ
見た目がおじさんなので「王子」というにはちょっと抵抗がありますが(^_^;)、かなりレベルの高いオレステスだと思います。このオペラの場合、フランス語が分かればもっといいんでしょうけど。
by Sardanapalus (2007-10-14 23:46) 

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