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オペラ「ドン・ジョヴァンニ」@ROH①:舞台演出編 [オペラ(実演)]

現地時間10月5日からはじまる「ドン・ジョヴァンニ」の映像のネットストリーミング配信ですが、こちらのビデオページから見られるようになるようです。今でもここに色々と参考資料になるようなものがアップされていますが、AdobeのFlash(再生にはFlash Plugin 8が必要です)を使って配信される映像には英語字幕と演出家の副音声がつくようです。英語が分かる方は、演出家ザンベッロの語る演出プランが聴けるmp3音声ファイルがあります。ジョヴァンニに対抗するためには、3人の女性の力を合わせなくてはいけないとか、ジョヴァンニはレポレッロ以外は女性しか身近に置かないのでパーティーの音楽家は女性にしたとか、事前に聞いておくとより楽しめるはずです。)日本でも5日の午後には見られるようになるのかな?こういうところは日本と違ってアバウトなので、きちんと問題なくストリーミング開始されるように祈っています(^^)


2008-2009シーズンのロイヤル・オペラハウスはモーツァルトの「ドン・ジョヴァンニ(Don Giovanni)」で開幕しました。ここ数年は珍しいオペラのコンサートパフォーマンスで開幕していましたが、評判が良くなかったのかネタ切れなのか(笑)、今回は人気演目で正々堂々と華やかにいくことにしたようです。そんなわけで、2チーム組んだキャストも指揮者もかなり頑張って集めた実力派ぞろいでした。

特に公演スケジュール前半を担当するAキャストの方は、私好みのキャスティング!キーンリーサイドは勿論ですが、マッケラスの指揮にディドナートにグリアドウも!?ということで、キャストが分かった時点で「絶対に9月にロンドン行く!メインはこのジョヴァンニ!!」と心に決めていたのでした(笑)今まで何度か「苦手なオペラだけどキャストが好みだから何度も連続で見てみた」という経験はありました(「ビリー・バッド」「ペレアスとメリザンド」)が、今回は「大好きなオペラ」に「大好きな歌手」ということで、最初から行ける限り全公演に行くつもりで日本をたちました。

唯一の不安要素は、批評ではあまり芳しくないフランチェスカ・ザンベッロ(Francesca Zambello)の演出。でも、ミュージカル「オペラ座の怪人」も担当した衣装・美術のマリア・ビョルンセン(Maria Bjornson)の作品は好みだし、ザンベッロの手がけた他の作品も好きなので、まずは8日の映画館中継で様子見をしてみました。このときのカメラのカット割りが良かったのかもしれませんが、やはり私好みの細かい設定を楽しめる演出だったので、その後は安心してROHに通うことができました(^^)

実際に見てみた第一印象は、衣装は美しく丁寧に作られているし、色分けしてあるキャラクターが判別し易くて◎だけど、舞台セットの大きな両面使いの壁はイマイチ効果が出ないというか、使い切れていないというか、邪魔というか(^_^;)マリア様が真ん中にくっついている方の面はまだマリア様の使い方を色々と深読みできて面白かったのですが、その反対側のコンクリート打ちっぱなしのようなのっぺらとした階段の面は、豪華な時代劇衣装の登場人物たちと完璧にミスマッチでした。もしかしたら「現代っぽさ」を取り入れたのかもしれませんが、もしそうならば蛇足でしたし、そういう意図がないならば単に予算が無くて手抜きをしたのかと思わせてしまうようなセットでした。個人的に、悪い方に気になった点はここだけで、後はあちこち深読みのできる演出だったと思います。
まず、時代設定はおそらく18世紀後半で、衣装やセットなども時代や地域を特定することは難しいですが、おおまかに時代劇の雰囲気を出していました。ちょっと面白いのは、貴族社会で暮らす男性は全員ウェーブのかかった長髪をなびかせているという点でしょうか(小さいですが下の写真参照)。これは男=短髪というイメージの強いイギリスでは初演から非常に評判が悪いのですが、私は貴族階級の奇妙にゆがんだ姿をうつしだしているように感じて気に入りました。アンナとオッターヴィオが騎士長の死体を発見する場面や最後の晩餐の場面で登場する使用人達が、長髪をなびかせてぞろぞろと出てくる様子はなかなか印象的ですし。この長髪のカツラによって、画一的で封建的な貴族社会とツェルリーナとマゼットに代表されるカジュアルな農民達の生活とのギャップが上手く可視化されていたと思います。

他にもぱっと見て分かり易かったことは、ドン・ジョヴァンニと貴族達と農民達で衣装の色がはっきり分かれていたことでしょうか。大体退屈してしまうアンナやオッターヴィオのアリアの間も、衣装や役作りについてあれこれ考えることが出来たので眠くなることがありませんでしたね。ジョヴァンニはずっと全身真っ赤で、エルヴィーラはウェディングドレスか紫、オッターヴィオは群青、アンナは黒、そして農民は木綿の白い服でした。色にこだわってみると、ジョヴァンニを諦めきれないエルヴィーラが赤(ジョヴァンニ)と青(オッターヴィオ=普通の人)の間の紫なのは面白かったし、黒いドレスのアンナも、背中の紐が赤いのはジョヴァンニへの想いがあることの暗示かしら?などと考えてみたり、高価な染料も布地も買えない農民達は白い木綿で当然よね、と頷いたり。そんな質素な服を着ている農民達が、1幕最後のパーティーの間、貴族達のやり取りには無関心で貴族達の服やリボンを触りまくって「綺麗だね~」「滑らかだね~」「こんな肌触りの良い服着たことないよ~」と勝手に言い合っている姿は、あまりにリアルで笑ってしまいました。この場面では他にも、音楽に合わせて優雅に踊る貴族達を真似てヘンテコな踊りを大人しく踊りだす農民達が、次第にどうでもよくなっていつものドンちゃん騒ぎの農民ダンスを踊りだしていく過程が、ツェルリーナ拉致という盛り上がりに同調していて効果的でした。後、ジョヴァンニが地獄落ちしてからフィナーレに出てくる人物達が皆白い衣装を着ているという点も、いろいろと考えることが出来て面白いです。こういう細かい設定にも気を抜かない演出は好きなので、他にも色々な場面で想像してはニヤニヤさせてもらいました。

ところで、ザンベッロは歌手に合わせて演出を逐次変えていくと公言していますが、今回のキャストは彼女の演出に良く合っていたのではないでしょうか。特に、キーンリーサイドのジョヴァンニとケテルセンのレポレッロの主従コンビは縦横無尽に舞台を使って暴れていた印象があります(^^)このジョヴァンニは、とにかく本性は非常に冷酷と言うか無感動な人物で、怒っても笑っても口説いても、全て上っ面です。一番気が許せる相手はレポレッロですが、自分の都合の良い様に手足のように自由に使える存在なのでしょう。こういうところは貴族の傲慢さで、彼の指示に従うことがレポレッロの幸せだと思っているようです。彼の辞書に「思いやり」という言葉はありません(^^)だから相手の想いも伝わってこないので、どれだけ貴族社会の範疇を超える非道な行いをしても彼が満たされることはないですし、「自由万歳!」と叫んでも、彼自身の生活に空しさを感じているはずです。でも、敢えてその道を選び、誰にも心の奥の空しさを悟られないようにしているのがカッコイイ訳ですが。

またレポレッロは、ジョヴァンニが遍歴し始めた頃に金で雇った召使だと思います。ジョヴァンニに対する憧れのようなものはありますが、元々彼の屋敷にいた従順な執事というような人物ではなく、どちらかというとフィガロのような何でも屋だったはず。登場場面でもジョヴァンニの馬の鞍を担いで出てきますから、街に戻ってきたので馬を売った、もしくはアンナをレイプしてから旅に出るので鞍を持って来たということでしょうね。こういう気の利く所も何でも屋っぽい(^^)だから、ジョヴァンニはこんなに尽くしているレポレッロもすぐに切り捨てられると知ると、さっさと「お暇を貰います!」と去っていこうとするんでしょう。ここでジョヴァンニは結構必死でレポレッロを引き止めますが、半分は有能で気の置けないレポレッロをそばに置いておきたいという気持ちがあるにせよ、残り半分は悪事を全て知っているレポレッロを解放するのは非常にマズイという計算をしていると思います。こういう金で繋がっている間柄だからこそ、逆に忌憚無く語り合える間柄なのかしら。

この演出で他に面白かったのは、アンナ、エルヴィーラ、ツェルリーナの女性3人がジョヴァンニを介して知り合い、かなり親近感を持ち支えあう関係になっていくところです。オッターヴィオに言われてアンナを慰めにいくのは一般的ですが、ジョヴァンニに執着して彼の帽子を離さないエルヴィーラに対してもアンナとツェルリーナが一緒になって帽子を取り上げたり、優しく支えたりして慰めている姿を見ると、それを振り払ってまでジョヴァンニの元へ去っていくエルヴィーラの心の動きや意思がはっきりと感じられて効果的でした。

そして、何よりも一番観客に印象深いのは、炎がボーボー燃え盛る地獄落ちの場面が終わり、最後の最後「悪者にはこのように罰が下るのだ」とフィナーレの合唱が終わってから、それまで舞台上にかかっていた白い仕切り幕が振り落とされた舞台後方に全裸の女性を抱きかかえたジョヴァンニが不適な笑みを浮かべて立っている姿が一瞬浮かび上がることでしょう。まるでジョヴァンニが「地獄に落ちても我が道を行くぜ!」と言っているような全く懲りていない姿ですので、ここでは毎回笑いが漏れていました。私は、ジョヴァンニは全ての女性の心の中に生き続ける、ってことかな?なんて考えたり(^^)最後にちょっと考えさせる要素を入れることで、観客に結論を委ねてくれるこういう演出は大好きです。自分の都合のいいように考えられるので気分もいいですしね。変な読みかえ演出よりも何倍も好感の持てる部類の演出だったと思います。(そうじゃなきゃ、4回も行きません!)

Cast A: 9月8、10、12、15、18日※私が見たのはこちらのキャスト
Conductor: Charles Mackerras
Don Giovanni: Simon Keenlyside
Donna Anna: Marina Poplavskaya
Don Ottavio: Ramón Vargas/Robert Murray(9月15、18日)
Donna Elvira: Joyce DiDonato
Leporello: Kyle Ketelsen
Masetto: Robert Gleadow
Zerlina: Miah Persson
Commendatore: Eric Halfvarson

Cast B: 9月25、27、30日、10月2、4日
Conductor: Antonio Pappano/David Syrus(10月4日)
Don Giovanni: Mariusz Kwicien
Donna Anna: Patrizia Ciofi
Don Ottavio: Ian Bostridge
Donna Elvira: Emma Bell/Monica Bacelli(9月30日)
Leporello: Alex Esposito
Masetto: Levente Molner
Zerlina: Rebecca Evans
Commendatore: Eric Halfvarson

Director: Francesca Zambello

The Royal Opera Chorus
The Orchestra of the Royal Opera House
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コメント 4

しま

すごいっ。4回もいらしたんですね!
私はさすがに、兄さんでも4回はつらいなぁ…(笑) でもタイムマシンで過去に遡ってのドンジョ鑑賞だったらあり得るかもしれません。それだけ魅力的なオペラってことで。

>貴族社会で暮らす男性は全員ウェーブのかかった長髪をなびかせている

これって、アン・ライスの「インタビュー・ウイズ・ヴァンパイア」の世界を連想しちゃいます。なんか不健全な感じがしていいですよね(笑)

>アンナ、エルヴィーラ、ツェルリーナの女性3人がジョヴァンニを介して知り合い、かなり親近感を持ち支えあう関係になっていく

こういう部分も、女性演出家ならではの視点かな。実際にあり得るじゃないですか(笑) 非常にリアリティを感じますし、こういうのなら私も観てみたいです!
幸い、ドンジョの変な読み替え演出に遭遇したことはありませんが、大抵の演出はもう飽き飽きですし、奇をてらわないのに新鮮さを感じるドンジョってのは本当に貴重ですね。

by しま (2008-10-05 17:13) 

Sardanapalus

しまさん>
>兄さんでも4回はつらいなぁ…(笑) でもタイムマシンで過去に遡ってのドンジョ鑑賞だったらあり得るかもしれません。
そうですよ、私だって絶頂期のアレンなら何度でも行きます!(^^)何せ「ドン・ジョヴァンニ」は一番好きなオペラですので、いくら見ても飽きませんね。ちなみに、この演出は既にROHのページで見ることが出来ます。↓のページの左にあるDon Giovanniをクリックすると、10個に分けられたクリップを見ることが出来ます。
http://www.roh.org.uk/video/

>「インタビュー・ウイズ・ヴァンパイア」の世界を連想
>不健全な感じがしていいですよね(笑)
そうそう、まさにあんな感じです!美しいけれどちょっとゆがんだ社会というか。

>女性演出家ならではの視点
この「ドン・ジョヴァンニ」には、女性ならあちこちに「そうそう、そうなのよ」と言ってしまうツボが散りばめられています(^^)だから女性の方が気に入るかもしれません。こういう風に、元々のストーリーを崩さずに、適所に新鮮で面白い解釈を入れてくれる演出家こそが本当の演出家だと思いますね。
by Sardanapalus (2008-10-05 19:29) 

keyaki

私のブログの"《La TravaiataHB》奇跡的成功! 視聴率34.4%"の記事中の「10月5日の日曜日からは少なくとも一週間ウェブサイトでも配信」という部分に、こちらの記事をリンクさせていただきました。
http://colleghi.blog.so-net.ne.jp/2008-10-09

by keyaki (2008-10-09 01:16) 

Sardanapalus

keyakiさん>
こんなまとまりのない記事にリンクありがとうございます。

>少なくとも一週間
確かにいつまでって出てないんですよね。せっかくなんだから、もっと一般に宣伝して見に来てもらえるようにずっと置いておけばいいのに。
by Sardanapalus (2008-10-09 19:54) 

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