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オペラ「エフゲニー・オネーギン」@ウィーン国立歌劇場 [オペラ(実演)]

Eugen Oneginポスター昨年、東京のオペラの森で初演されたチャイコフスキー作「エフゲニー・オネーギン(Eugene Onegin)」が、ウィーン国立歌劇場でも新演出として上演されました。小澤征爾が指揮ということで日本人の観客が非常に多い中、私の目的は勿論サイモン・キーンリーサイドの初役オネーギン!更に今回は可愛らしいタマル・イヴェリ(Tamar Iveri)のタチアーナも非常に楽しみでした♪

あらすじ:ロシアの文豪プーシキンによる小説が原作です。ロシアの田舎貴族の娘タチアーナは、ある日妹オルガの恋人レンスキーが連れてきた友人オネーギンに一目ぼれしてしまう。タチアーナは熱い想いをつづった恋文をオネーギンに送るが、オネーギンは「私は兄のようにあなたを愛していますが、家庭を持つようなタイプではないので、あなたの想いはお受けできません。第一、こういう行動は慎まれた方がいいですよ。」とつれない返事を伝える。その後、タチアーナの命名日のパーティーでオルガと踊り続けるオネーギンに激怒したレンスキーが決闘を申し込み、結果オネーギンがレンスキーを射殺してしまうという事件が起きる。オネーギンはその後逃げるように国外へ放浪の旅に出て、数年の月日が経つ。久しぶりに帰国したオネーギンがある夜会に顔を出すと、そこには今や立派な公爵夫人となったタチアーナの姿があった。彼女の変貌振りに驚きながら、一目で恋に落ちてしまったオネーギンは、今度は自分が手紙を送り、タチアーナの元を訪れる。オネーギンはタチアーナに熱烈な告白をし、過去の過ちを水に流して欲しいと懇願するが、タチアーナは「オネーギン様、私はあの頃の方が若く美しく、そしてあなたを愛していました。今でもあなたを愛していますが、でももう過去には戻れません。」と、本心を打ち明けつつもオネーギンの訴えを退けて毅然と別れる。


オネーギン (岩波文庫 (32-604-1))

オネーギン (岩波文庫 (32-604-1))

  • 作者: プーシキン
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 2006/09
  • メディア: 文庫


もともとロシア文学の憂鬱質で人生の意味なんかをなんだかんだと悩んでいる主人公達にはとても感情移入ができないタイプなので、このオネーギンのアンハッピーエンドについても、今まで「タチアーナ、もっと良い男がいるはずだよ」「自業自得ね、オネーギン」としか感じられず、あまり素直に感動することのできないオペラでした(^_^;)チャイコフスキーの音楽は大好きで、タチアーナの手紙の場面も、最後のタチアーナとオネーギンの応酬も大好きなのですが…。

そんな不安を持ちながらの鑑賞でしたが、結論から言えば非常に楽しめました。その理由は、歌手と音楽のバランスの取れた素晴らしさだったと思います。まず、小澤征爾の指揮とオーケストラの演奏ですが、批評家からはテンポが遅いと指摘されていた指揮がチャイコフスキーの魅力的な旋律を堪能するのにぴったりで、キャラクターの心理状況が良く分かってとても良かったと思います。これが下手なオケならいざ知らず、ウィーンですから弦の響きもたっぷりと聞かせてくれるし、逆にテンポアップする場面でももたつくことなく演奏してもらえたので、めりはりがあって退屈することがありませんでした。終演後は小澤さん(とオケ)に対する歓声が一番大きかったです。

そして、その指揮に引けをとらずに好演してくれたのが主役級の歌手達、特にタチアーナのイヴェリとオネーギンのキーンリーサイド、そしてグレーミン公爵のアイン・アンガー(Ain Anger)でした。
常々書いているとおり、私はオペラを舞台芸術のひとつとして捉えているので、歌えることも重要ですが、何より演技のできる歌手でなければ満足はできません。その点、イヴェリは最高のタチアーナと言っても過言ではありませんでした。まずは小柄で可愛らしい外見が、イメージにぴったり。旧ソ連圏のグルジア出身ですので、ロシア語でも感情がのっていてばっちりです。1幕のまだ夢見る少女のタチアーナが興奮して徹夜で手紙を書き上げるときの高揚感、そして最後の場面でオネーギンの熱烈な告白に対しての落ち着いた振る舞いと本心の間で揺れる様など、全ての場面で説得力のあるタチアーナ像を作り上げていました。いつも途中でだれてしまう手紙の場面の長いアリアが、こんなに短く感じられたのは初めてです。また、最後にすがりつくオネーギンを振り払い、「過去には戻れない」と言い残して後ろ髪を引かれながら立ち去るタチアーナの心の動きには引き込まれました。勿論、この2人の歌手のファンだからというのもあるでしょうが、こういう場面は心の動きが見える歌唱をしてくれると魅力が倍増しますね。

そんな最高のタチアーナに対して、キーンリーサイドはクールだけれど優雅なオネーギン像を見せてくれました。初役ということで、どんな役作りをしてくるのかわくわくしていたのですが、予想よりは落ち着いた、「いい人」だったと思います。オペラよりも、原作のオネーギン像に近いかもしれません。タチアーナに返事をする前も、「どうやって言えば傷つかないかなぁ、うーん」と、頭に手を当てて考えてからアリアを歌ったり、レンスキーの挑発にも最後の最後までのらずにその場を治めようとしていたり、決闘後に死んでしまったレンスキーに駆け寄り、しっかりと抱きしめる場面など、細かい部分で本来の優しさが見え隠れしていました。ただ、その優しさが外に現れるのが他人が見ていない場所に限られているので、周囲からは浮いた存在になってしまうんでしょうね(^_^;)

キーンリーサイドがインタビューで「オネーギンは最初から最後まで少しも成長しない、という意味で興味深い役だ」と語っていた通り、自分が気付かないうちに他人を傷つける行動(ガキですね)を繰り返し、その結果から逃げ続けたオネーギンが、美しく成長したタチアーナの姿を見てようやく自分の生きがいを発見し、本当の恋に目覚めていく様は見ごたえがありました。歌唱の方は、良くも悪くもキーンリーサイドらしいものでした。今までロシア系の歌手でしか聞いたことが無い役だったので、もっと朗々と歌うオネーギンに慣れていましたが、キーンリーサイドのように音楽の流れを邪魔しない、表現力の伴う歌唱をするオネーギンも新鮮で面白かったです。何せ、初めて「オネーギン、自業自得だけど、気の毒な人だ。」と同情できましたから(^^)朗々と歌われちゃうと、「何だ、全然めげてないね」って感じちゃうんですよね…。

もう一人、グレーミン公爵を歌ったアンガーも素敵な歌唱を聞かせてくれました。元の設定とは違い、長身のまだ若々しい姿で登場するので最初は違和感を感じましたが、それは演出上のこと。歌い出せば魅力的な低音で、豊かな声がオペラハウス中に響き渡りました。アリアが終わる頃には、まだ若者という設定が、おそらく同年代の友人オネーギンへ「もう子供じゃないんだからそろそろ君も落ち着けよ」と、やんわりと忠告をしているように聞こえて、面白かったです。

更に、重要なレンスキー役を歌ったラモン・ヴァルガス(Ramon Vargas)も、いつものように優れた歌唱を披露していました。この役はとにかく歌唱力が要求されると思うのですが、その点ではヴァルガスにはぴったりの役柄で、アリアの後には大喝采を受けていたのも頷けます。

最後の場面このように、素晴らしいかった音楽面と比べて、これといった魅力がなかったのが演出でした。批評では散々に叩かれていましたが、個人的には元のストーリーや役の位置づけを変えたり妙な設定を加えたりしていなかった点には好感が持てました。そのお陰で、最後の場面で音楽と歌唱と演技に集中することができただけでも評価できます。オネーギンが飛び込んできてすぐにすがりつくのではなく、タチアーナに近づこうかどうかと落ち着かずに行ったり来たりし、「何やってるんだ、俺」と少し離れた場所に頭を抱えて座り込むとタチアーナが「もういいでしょう、お立ちください」と毅然として声をかける、という具合で2人の距離感がなかなか縮まらずにスリリングでしたし、最後の最後にガバッとオネーギンがすがりついて「愛しています」と連呼する場面は音楽的にも非常に盛り上がったと思います。ザルツブルクやミュンヘンみたいな苦手なタイプの読み替え演出だったらどうしようかと思っていましたので、その点ではまだマシでした…。

<参考1:ザルツブルクの「エフゲニー・オネーギン」最後の場面 part 1>

<参考2:ミュンヘンの「エフゲニー・オネーギン」ビデオクリップ>


ただ、やはりこういう特定の時代と場所でしか成立しにくい物語に関しては、できる限りその時代のまま演出するべきだと思うのです。もし読み替えるならば納得のいく設定をして欲しいと思います(例えばマクヴィカーなんかはそういうところが上手いので大好きなのですが)。

タチアーナの寝室今回のように現代衣装の上に、場所の特定できないがらんとした舞台に置かれた氷の塊でできたベッドやバーカウンターと降り続く雪を見ていると、収穫祭だろうが寝室だろうが、見ている側が寒くなってしまって歌詞とのずれを異様に感じてしまいます。もし氷や雪が登場人物の心象世界を現しているなら、タチアーナが毛皮に包まって寝る意味が分かりません。どこの世界に毎晩氷のベッドに眠る貴族がいるというのでしょう?また、オネーギンがタチアーナに手紙を返しに来る前に、少女達と雪合戦をする場面があるのですが、確かに振付も面白いし笑いも取れますが、それで何を伝えたいのかが分かりませんでした。タチアーナの心象を現すと思われる、舞台後方にたたずむ複数の抱き合う男女も、イマイチ効果が出ていないですし。トリケ氏がポップスかロックのスーパースターという設定も、客席の半分は苦笑していたように思います。何よりも、狭い社会の中で結婚相手を見つけなくてはならない帝政ロシア期の貴族社会であるからこそ、タチアーナを失ったオネーギンは「呪われた運命だ!」と嘆くんでしょうが、今回の演出ではクラスに一人はいそうなキザな男が一人の女性にフられただけで、「30歳にもならないのに何を大げさに絶望してるんだい?」と白けてしまいそうでした。幸い、そういった様々なツッコミどころは歌手達の熱演でカバーされていましたけど。

とりあえず、今回の公演のお陰で音楽的には私好みのオペラだということを再確認できたので、次回は歌詞との違和感の無い、こってこての時代劇演出で観たいと思います。ウィーンではほぼ同じキャストで5月~6月にもまた上演しますが、以前の演出で上演するならばぜひもう一度行きますけど、私はもういいですね(^_^;)




Eugene Onegin
Wiener Staatsoper
カーテンコール

Conductor: Seiji Ozawa
Director: Falk Richter

Tatyana: Tamar Iveri
Olga: Nadia Krasteva
Eugene Onegin: Simon Keenlyside
Lensky: Ramón Vargas
Prince Gremin: Ain Anger
Larina: Aura Twarowska
Filipjewna: Margareta Hintermeier
Monsieur Triquet: Alexander Kaimbacher
The Captain: Hans Peter Kammerer
Zaretzki: Marcus Pelz
Ein Vorsänger: Wolfram Igor Derntl
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コメント 4

華子

こんにちは。

お疲れ様でした!
『オネーギン』面白そうですね。
機会があったら本を読んでみます。
そのあと更に機会があったら舞台も観てみます♪
ゆっくり休んで時差ボケ解消してください☆
by 華子 (2009-04-02 22:21) 

ヴァランシエンヌ

サルダナさん、お帰りなさい(^^)
この演出、TV放送してた「オペラの森」と同じものだったんですね。NHKの放送は見損ねてしまったのですが、このキャストで、もし映像になれば、観てみたいです。

>キーンリサイド
>「落ち着いた、「いい人」だった

どっちかというと、徹底的にニヒリスティックな役作りをしそうな気がしてたので、意外な感じですが(ごめんなさい^^;)満を持してのタイトルロールデビュー、ご覧になることができて、良かったですね(^^♪

充実した鑑賞記、楽しませて頂きました。ありがとうございます。
by ヴァランシエンヌ (2009-04-02 22:36) 

Sardanapalus

華子さん>
今回は本当にお世話になりました~。「オネーギン」は、ロシア文学を代表する作品のひとつですね。私も今回初めて真面目に読んでみましたが、話の展開はひとまず置いておいて、心理描写はなかなか読み応えがありました。舞台の方は、チャイコフスキーのオペラが一番有名ですが、バレエでも上演されることがあります。機会がありましたらぜひ!(^^)
by Sardanapalus (2009-04-02 22:46) 

Sardanapalus

ヴァランシエンヌさん>
いってまいりました~。そう、「オペラの森」と共同制作なんです。私も、こっちのキャストでDVDになればいいのにな~と思ってはいるんですけど(^^)でも、この演出は映像になるとますます退屈なんじゃないかと…(^_^;)オネーギン好きなヴァランシエンヌさんに楽しんでいただけたなんて、記事を書いた甲斐があります。

>>キーンリサイド
>>「落ち着いた、「いい人」だった
>どっちかというと、徹底的にニヒリスティックな役作りをしそうな気がしてたので
ええ、私もそう思っていました(^^)絶対、もっと嫌味な感じにしてくると思っていたんですけど、意外に普通にレンスキーともじゃれていましたし、「人付き合いが苦手だけど実はいい人」っていう雰囲気でした。多分、演出家がそうするように望んだのでしょう。もし別の演出で観る機会があれば、また別のオネーギン像を見せてくれると思います。
by Sardanapalus (2009-04-02 23:45) 

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