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トリシャ・ブラウン・ダンス・カンパニー「冬の旅」 [音楽(クラシック)]

さて、この週末はユーロスターでちょっとパリまで行ってきました。一番の目的は、ずっと見たかったダンス付きの「冬の旅(Die Winterreise)」。これはサイモン・キーンリーサイド(Simon Keenlyside)がモダンバレエ界の重鎮トリシャ・ブラウン(Trisha Brawn)に振付を依頼したもので、舞台上にはセットなどは特になく、歌手1人とダンサー3人とピアニスト(とピアノ)と照明でこの有名な歌曲集の世界が視覚化されていく作品です。「冬の旅」には、このブラウンの振付以外にも、いくつも演出や演技のついたものや、歌手が歌う傍らでダンサーが踊るものなどがあるそうですが、歌手もずっと踊るのは恐らくこのバージョンだけでしょう。演出付の「冬の旅」としては、イアン・ボストリッジ(Ian Bostridge)のものがDVD(右写真からamazonUKへリンク)になってますね。私は見たこと無いですけど、これもかなり抽象的な感じの演出だとか。今回のダンス付バージョン(笑)は、一応トリシャ・ブラウン・ダンス・カンパニー(Trisha Brown Dance Company)のレパートリーになっているようです。

1月10日追記:ネット上で見つけたフランスのバレエ掲示板Dansomanieに舞台写真が載っています。ページの3分の2くらいをスクロールしてください。記事に書いた「馬車」の写真もありますよ(笑)基本的な舞台構造がよく分かる写真(左下)も。右のカーテンコールの写真からはsimonkeenlyside.infoにリンクしてます。小さくしたら誰が誰か分からないですが、左からダンサー2人、ムジイェヴィッチ、ダンサー、ブラウン、キーンリーサイドです。写真だけだと今一よく分からないブラウンの振付は、言うなればヨガとか太極拳に似た動きが多用されていたと思います。
 

2002年にニューヨークで初演された後、イギリス、オランダ、スイス、ベルギー、オーストラリア等で公演されていますので、既にかなりの数の賛否両論の批評が出ています(詳しくはこちら)。私自身がドイツ歌曲に興味を持ち始めたのが最近なので大した数のリサイタルを聞いていないですが、やっぱり歌曲は小さめの音響の良い会場で聞くのが一番魅力的かと思います。そこをあえて大きな会場で、しかも振付きで公演する物好きな歌手のファンとしては、丁度週末のパリも楽しめて一石二鳥のこの機会を逃す手はありません(笑)ということで、「オペラ座の怪人」の舞台にもなったパリ・ガルニエ(Paris Garnier)行き決定!

今回はネットでチケットを予約しましたが、何と今どき席の指定が出来ないシステムでどうなることかと思ったら、一番下手寄りでしたが前から3列目という良い席が取れました。発売開始時ではなく、のんびりと取ったのが良かったようです。ラッキー☆歌劇場の第一印象としては、大階段とか、客席内部の装飾がゴテゴテで正に「オペラ座」って感じ(笑)シャガールの天井画も期待通りで素敵でした。例えゴテゴテでも、ロイヤル・オペラハウスよりは魅力的な会場だと思います。それで公演自体はどうだったかと言うと、歌曲の演奏形式にあまりこだわらない私としては、かなり面白い体験でした。以前見たもっと具体的な演技付の「美しき水車屋の娘」もそれなりに楽しんだ私が、この公演を気に入らない訳が無い!?歌手が歌いながら踊っても構わない人、寝転がったり後ろ向いたりしていきなり声の聞こえ方が変わっても構わない人、それから当然ですがキーンリーサイドのファンの人にはお勧めです。何せ70分間キーンリーサイドが歌って踊って、ですからね(笑)

幕が上がると、早速演奏が始まります。第1曲「おやすみ(Gute Nacht)」で舞台奥から前方に向かって歌詞を1節(4行)歌い終わるごとに一歩一歩進んでくる旅人と、その周りを歩き回る花嫁姿(?)の彼女の動きが印象的です。この2人は実際には触れ合いませんが、壁に映し出される影で手をつないだり抱き合ったりします。曲の最後には舞台上には旅人とその影がぽつんと取り残され、第2曲「風見の旗(Die Wetterfahne)」の伴奏が始まると同時に上手から飛び出してきたダンサーの一人が旅人の燕尾服を突風のように引き剥がしていくのも上手い。続く歌詞も「風が風見の旗を煽っている」ということで、流れも良くてつかみはばっちりでした。「風見の旗」はダンサーが旗の動きを表しているかのようなかなり激しいダンスを踊り、旅人はピアノの後ろでそのダンスを見ながら歌う構図になっていますが、いよいよ第3曲からは旅人もダンサー達と一緒になって踊りながら旅をしていきます。ブラウンの振付は最小限の動きで精神的な流れを表していく感じなので、見終わってから各自で自由な解釈を楽しめる作品だったと思います。正直に言うと振付と歌詞の関連がよく分からない曲もいくつかあって、振付に関しては大絶賛とはいきませんでした。出だし2曲がかなり良かったので、余計に時々「えーこの曲はもっと別のことができそうなのに~!」と思ったり。

でも、かなり気に入った部分もいっぱいあります。例えば「凍った涙が頬を伝う」と歌う第3曲「凍った涙(Gefrorne Traennen)」では涙を表す振付←が自然に歌詞とリンクしてましたし、第9曲「鬼火(Irrlicht)」ではダンサー3人と歌手が薄暗い舞台上を横切る照明にそれぞれ一瞬だけ照らし出される「鬼火」の表現が印象的でした。その後の第10曲「憩い(Rast)」第11曲「春の夢(Fruehlingstraum)」では正に振付が大活躍で、「憩い」では疲れて足もとのおぼつかない旅人を支えたダンサー達が、そのまま旅人が春の夢を見るベッドになり、更に旅人が目醒めて「こうしてここに一人座っている」と歌うときには椅子になり…と、とっても分かりやすいです(笑)気になってた寝てる写真はこの曲の振付だったのね~。他にも第13曲「郵便馬車(Die Post)」では実際にダンサー3人で舞台奥に「馬車」を作ってましたし、第15曲では旅人が手を使って「カラス(Die Kraehe)」の真似をしたり、第19曲「まぼろし(Taeuschung)」の白くライトアップされた背景に影絵のように浮かび上がったダンサーと旅人の追いかけっことか、こういう歌詞を反映した振付はそれぞれすんなりと見ていられました。まあ、それを「お遊戯会みたいで興ざめ」と批評している人もいますが、個人的には変に抽象化して、理解し難いことを自慢するような振付よりもお遊戯会が好きです(笑)

そんな中、歌詞とは関係ない動きでも曲の雰囲気を良く表していたのが第14曲「白髪(Der greise Kopf)」第22曲「勇気(Mut)」で、「白髪」での余命の長さを嘆く旅人が歌うときはうつぶせ、歌ってないときは曲の間中ダンサー達によってぐるぐると振り回されるという振付と、「勇気」での、望んでいた死にも見捨てられて一人になった旅人が、走り回ったり、昇竜拳(って、今時「ストII」の技なんて誰も覚えてないですか?^_^;「ジャンプ+1ひねり」です)やったりしながらやけっぱちになって歌う振付にブラウンの特色が出ていて気に入りました。でも、上述した以外の曲は…どれもこれも同じような千手観音のような振付→で、綺麗ですしそれなりに面白いんですけど、そのうち飽きてくると言うか、他の振付が浮かばなかったから手を動かしとけ~みたいなやっつけ仕事に見えてしまって残念でした。全体として曲と振付がしっかり噛み合っているものと、そうでないものの落差がちょっと大きかったですが、それでもわざわざパリに見に行った甲斐はありました!

それにしても、70分休憩無しで踊りながら歌いきっても汗ひとつかかずにカーテンコールに応えるキーンリーサイドのスタミナには改めて脱帽です。こういうちょっと変わったことが出来る歌手には、彼に限らずどんどん変なことやって欲しいですね(^_^)第18曲「嵐の朝(Der Struemische Morgen)」の前奏に合わせて大ジャンプ→膝で着地した時には「出た~」と思わずニヤリ。でも、見ていて一番楽しかったのは「勇気」での昇竜拳でしたけど~(笑)本当に、キーンリーサイドは自分で言うとおり、「ダンサーじゃないけどジャンプは上手く出来る」人ですね(やってみると分かるんですが、単に鼻歌歌いながらひねりを入れてジャンプするのも結構難しいものです)。

長々と振付ばかり語ってますが、今回の公演で一番嬉しかったのは、振付がついていても歌声には影響が無かった(もしくは影響を感じさせなかった)という点でした。持っているラジオ放送の音源はどちらも普通の(笑)リサイタルのものなので、踊りながらの「冬の旅」では音楽的に楽しめないんじゃないかと思ってドキドキだったんですけど、振付のためにいつもより早めのテンポで進むので逆に聞きやすくて良かったです(笑)プロなんだから、そりゃ歌が疎かになるようなら振付なんてつけないでしょうけどね。勿論、歌曲としての「冬の旅」をじっくり聞くならリサイタルを選びますが、大きな歌劇場に響く弱音も良いものです。歌劇場って、本当に人の声を綺麗に響かせてくれますね~。残響も適度な長さで、第21曲「宿屋(Das Wirtshaus)」第24曲「オルガン奏者(Der Leiermann)」といった緊張感の高まる静かな曲は、ピアノと声の余韻が気持ちよくて、振付も最小限だったので詩と曲に集中できて感動的でした。

ピアノ伴奏のペジャ・ムジイェヴィッチ(Pedja Muzijevic)の演奏は遅すぎず、早すぎず、表現力も力加減も、正に絶妙としかいえません。ボスニア出身で東京でも演奏したことがあるそうですが、ちょっと調べたら結構マニアックなCDを録音しているし、この「冬の旅」のほかにもミカイル・バリシニコフ(Mikhail Baryshnikov)のダンスの伴奏をやっていたりして、なかなか面白い人のようです。

そういえば、ロンドンのバービカン・ホールでやったときは英語字幕がでたそうですが、今回は字幕無しだったので、バレエもしくは歌曲リサイタルだと思って来た人たちはあまり楽しめないままあっという間に終わってしまった、という感じだったでしょう(^_^;)涙のジェスチャーとか、馬車とか、歌詞が分からないと正に「何やってんだ?」でしょうからね~。しかも、前にも見たことのある友人情報では、今回は照明がきちんと動いてなかったそうで、何も知らない私は3列目でも時々誰がどこにいるか分からないくらい暗くなるのを「このシーンは暗転してるみたいに暗いな~声しか聞こえてこないリサイタルか、革新的だな~」などと思っていたのですが、そこは本来はもっと明るいものらしいです(笑)

とまあ、色々あったらしいパリでの公演、客席の反応はというと、キーンリーサイドには聞いたこと無いくらいの大喝采、何度も呼び戻されるたびにブラボーの嵐でした。ムジイェヴィッチにも喝采ダンサーには暖かい拍手、そして初日だから登場のブラウンにはブーイングと喝采が飛び交いました(笑)う~ん、確かに、この「冬の旅」は歌曲リサイタルにしては振付が邪魔だし、モダンバレエにしては振付が大人しいので、ジャンルとしてはどっちつかずなんですよね。ということで、正統的な「リサイタル」や「モダンバレエ」の公演を求める人には向いていませんが、私みたいに何でもつまみ食いしたくなるような、いいかげんな「劇場ファン」なら楽しめることでしょう。


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コメント 11

TARO

キーンリーサイドが踊りながら歌ったんですか!
衝撃です・・・
しかもこの写真は椅子をあらわしてたとは・・・
うーん、なんか凄いです。ターフェルあたりには絶対出来ない技ですねえ(下の椅子の人たち潰れちゃうし)。
by TARO (2006-01-09 21:04) 

>>こういうちょっと変わったことが出来る歌手には、彼に限らずどんどん変なことやって欲しいですね(^_^;)

ですねー、是非(^^;
さっそくのレポート楽しく読ませていただきました。歌詞を分かりやすく体現してくれている振り付けだったんですねぇ!写真の意味がやっと分かりましたね。思えば、ネットをフラフラしていて、このベットの上のキーンさんの写真を見つけて、なんだーこれは?!って目が留まったのが、Sardanapalusさんのブログに入り浸るようになったきっかけでした(笑)にしても汗一つかかず、ってすごいですキーンさん。

>>ターフェルあたりには絶対出来ない技ですねえ
TAROさん。おもわず想像しちゃったじゃないですか^^;
by (2006-01-09 21:35) 

Sardanapalus

TAROさん>
>衝撃
でしょう?ファンの私でも最初にこの舞台写真を見たときは「何じゃこりゃ?」って思いましたもん!(^_^;)

>ターフェルあたり
わ~想像すると怖い…。というか、仰るとおり、ターフェル相手じゃダンサーが歌手を振り回したり、上のようにベッドつくったりするのは無理だと思いますね(笑)
by Sardanapalus (2006-01-09 22:06) 

Sardanapalus

>>どんどん変なことやって欲しいですね(^_^;)
>ですねー、是非(^^;

賛同していただけて嬉しいです!新しいもの好きなので、どんなジャンルでも真剣に冒険している作品なら見てみたいんですよ。クーラとか何か変なことやる計画は無いんでしょうか?(笑)あ、既にガラで歌い振りとかやってるでしたっけ?

>なんだーこれは?!
この写真がりょーさんの興味を引いたのですね。これはキーンリーサイドに感謝しなくては!

>汗一つかかず
しかも、終演後10分くらいで、すでに会場の外で妹夫婦とディナーへ行くために待ち合わせしてましたよ(^_^;)日曜日はロンドンに戻って、月曜にまたパリで歌うようです。これくらい元気じゃないとオペラ歌手なんてやってられないですかね。
by Sardanapalus (2006-01-09 22:58) 

euridice

想像力の欠如で、冬の旅を歌いながら踊るのって想像できません^^!
テレビ放送とかあればいいのに・・
by euridice (2006-01-09 23:40) 

Sardanapalus

euridiceさん>
>冬の旅を歌いながら踊るのって想像できません^^!
私も実際見るまでどんなかな~と思ってました。ブラウンが振付けたオペラ「オルフェオ」を見ていたのでまだ心構えが出来てましたけど、何も知らずに見たら…椅子から転げ落ちそうです(笑)でも、常に動き回ってるとか、激しい振付のダンスばかりって訳じゃないですから、ちょっとヨガっぽいブラウンの振付に慣れてくれば楽しめるはず。

>テレビ放送
こういう作品こそ映像にして欲しいんですけどね~。キーンリーサイド本人が映像化に動くことは無いだろうし、今のところはどこかの公演の、資料としての記録映像を見るしかなさそうです。っていうか、オーストラリアでもやったんだから日本でもやってくれればいいのに(笑)
by Sardanapalus (2006-01-10 00:21) 

agojun55

サイモンはトライポス本当に通っているのかな。トライポスでなくトランポリンやっていたのかも。
by agojun55 (2006-01-10 09:35) 

Bowles

うらやまし〜い!!
なんだか写真見ただけでトリシャ!って感じがしますね。
《オルフェオ》はボケボケ画面で見たことがあるんですが、これもぜひ映像を見たいですねぇ。トリシャ・ブラウン・ダンス・カンパニーは3月に来日します。ジェズアルドを主人公にしたシャッリーノのLuci mie traditrici(日本語の題は《私の裏切りの瞳》で定着したようですが)か今回のようなのを持ってきてくれればいいのだけれど、もちろんそうではありません。

しかしそれにしてもキーンリーサイドの身体能力って、どうなっているのでしょう。
by Bowles (2006-01-10 09:48) 

Sardanapalus

agojun55さん>
>トライポスでなくトランポリン
わはは、本当ですね。ジムでふつうにトランポリンやってそうです(笑)

Bowlesさん>
>写真見ただけでトリシャ!
そうですか、やっぱり分かりますか?私はバレエとかさっぱりなので振付についてあまり詳しく書けませんが、この記事を少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです。映像化してほしいんですけどね~っていうか、これ以降やるのかどうかも不明ですから…。

>トリシャ・ブラウン・ダンス・カンパニーは3月に来日
そうなんですか!そこに「冬の旅」を持ってきてくれれば!ってやつですね~。その時期キーンリーサイドはペレアスやってますから無理ですけど…。

>キーンリーサイドの身体能力
街で見かけるときは普通のおじさんなんですけど、どうなってるんでしょうね(笑)
by Sardanapalus (2006-01-10 10:47) 

ヴァラリン

前に書いた《冬の旅》の記事に、キーンリさんのラジオ録音の感想を簡単に書き加えました。で、ついでにこのダンス付冬の旅のこともリンクさせて頂いたので、報告しておきますね~
by ヴァラリン (2006-02-11 01:49) 

Sardanapalus

わ、ありがとうございます~。このちょっと毛色の違った公演の記事をリンクしていただけるなんて、嬉しいです~。今年の日本は正に「冬の旅」にぴったりの気候だったようですが、私も帰ってきて早々聞いてしまいましたよ。余計寒いってば(笑)
by Sardanapalus (2006-02-11 14:25) 

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